気仙沼市

(撮影2012~)
戊辰戦争で江戸時代最後の仙台藩主、伊達慶邦が薩長軍に1868年11月8日(明治9年9月24日)降伏し、全領土が没収されました。その後、明治維新の廃藩置県・府県統合により本吉郡にあたる地域は宮城県領域となり、隣接する北側(現在の高田市よりの北)は気仙郡と呼ばれ、岩手県領域となりました。1953年(昭和28年)に本吉郡気仙沼町・鹿折町・松岩村が合併し気仙沼市が発足ました。その後、幾度かの編入や合併を繰返し、領域が変わり広がりました。
 気仙沼の山々には金山が多く、中尊寺の「金色堂」にも使用されたそうです。鉱物の積出港として気仙沼は発展していきます。現在では、養殖・三陸沖合(世界三大漁港)漁業・遠洋漁港の様々な水産業及び諸物資の海上交通の拠点となりました。
 気仙沼市の東日本大震災の死者数(関連死、行方不明者を含)は1357人です。*宮城県の発表(2019年1月11日)