(撮影2012~)
陸前高田は、縄文時代の早期、温暖な気候に移り変った頃からの生活の跡が洞窟や貝塚に残されれてる豊かな海のある歴史を伝えている地域です。
中央集権のもと、奈良時代から平安時代には、蝦夷征討で長い動乱がありました。平安時代後期に、戦いで死んでいった人々の霊を、敵か味方か、人間であるかないかも問わない全うできなかった生を浄土に導き出す独自の黄金文化がありました。陸前高田は、その平泉文化を支えたとされる金の宝庫で、その一つの金鉱山「玉山」遺跡があります。
旧気仙郡一円とともに葛西氏の治下に置かれ、葛西滅亡後は伊達藩封建治下に置かた陸前高田は、吹き寄せる潮風と風塵。気仙川の大洪水のたびに水田被害がある水田には適さないところでした。伊達藩の開拓奨励にそって水田開発が進められました。菅野杢之助は仙台藩の許しを得、水田の復旧と、防風林(高田松原)の造成を数十年の歳月と莫大な私費を投じて行いました。その後、松阪新右衛門は、増林や捕植、旧称今泉松原を造成しました。