(撮影2012~)
大槌町は縄文時代の早期から後期に及ぶ遺物が多く出土、検出されています。崎山弁天遺跡・赤浜Ⅱ・櫓沢遺跡から土器や住居の遺跡があります。さらに弥生時代の住居跡が夏本遺跡から、奈良・平安時代の住居跡が、夏本遺跡と沢山遺跡から検出されています。
1189(文治5)年の奥州合戦で、源頼朝の武士政権が確立しました。遠野十二郷の領主となった阿曽沼広綱の次男(後の大槌次郎)が大槌城を築きました。代々の大槌氏の中で有名な大槌孫八郎政貞という人物がいます。大槌孫八郎政貞は、新巻鮭(塩引きした鮭)を開発して大江戸への販路を拓きました。
大槌の金沢地区は、砂金が取れ1711~1735(正徳年間、享保年間)年には、金山経営で賑いが始まりました。村人達は、夢を追い努力を重ねていましたが、度重なる藩の横取りもあったそうです。金山経営は、1831~1845(天保年間)年がピークで、今は伝説として語り継がれています。
江戸時代の「海道」で大型船が江戸や大阪を往復するようになると、三陸の海産資源の商品価値が上がりました。水産物だけではなく、米・材木等、商品を手広く扱った南部藩の豪商「代々の前川善兵衛」は、漁業と海運業の功績が多大で大槌の誇りとされています。