大熊町

(2020~)
 福島第一原子力発電所1号機~4号機が在所する町です。福島第一原子力発電所の用地は海岸段丘、元帝国陸軍の磐城飛行場(長者ヶ原陸軍飛行場)の跡地でした。第二次世界大戦後は国土計画興行が塩田として使用されていたそうです。海岸沿いの大熊町夫沢北原地区に福島第一原子力発電所1号機~4号機までが在所しています。
 2011年3月11日に福島第一原子力発電所事故が発生しました。東北地方太平洋沖地震の津波が発電所を襲い全電源喪失(SBQ)、炉心溶融(メルトダウン)が起き、水素爆発が1、3、4号機で発生しました。大気中、土壌、海洋、地下水への大量の放射性物質が放出されました。当初、廃炉作業は、国と東京電力は最長で40年かかるとしていましたが、見通しは立たない状態です。
<参考文献>Wikipedia/大熊町、Wikipedia/福島第一原子力発電所、Wikipedia/福島第一原子力発電所事故、角川地名大辞典7福島県(昭和56年3月8日発行)

2020年4月5日 大野駅西口周辺
2020年4月5日 大野駅西口周辺
2020年4月5日 大野駅東口
令和2(2020)年3月5日、大熊駅周辺の帰宅困難区域の避難指示が解除。
JR大熊駅が令和2(2020)年3月14日、9年ぶりに再会されました。

大熊町大川原復興拠点の避難指示が平成31年(2019年)4月10日に解除。同年5月7日に新庁舎での業務が開始されました。

2021年3月27日撮影
「大熊町役場本庁舎」大川原南平1717 2019年5月7日業務開始
2021年3月27日 大熊町公営住宅(大川原地区)
2021年3月27日 大熊町復興拠点(大川原地区)

大熊町の「桜」2021年4月3日
 坂下ダムの周りに手入れされた「桜」がきれいに咲いていました。
 昭和43年(1968)着工、昭和48年(1973)完成の「坂下ダム」は、東京電力福島第一原子力発電所の影響で建設されたという見解が強いのですが、町では農業用水と東京電力福島第一原子力発電所の工業用水に用いる事業だといいます。建設前は水田や葉タバコの畑が広がっていた集落で家や田畑を失った方々もいます。
2011年原発事故後に結成された「じじい部隊」の方々が町を見回りし整備し続けてきました。桜の手入れも欠かしませんでした。(「じじい部隊」は坂下ダム管理事務所に2013年4月に開設された町の嘱託職員で2019年3月末に役目を終えました。)
「じじい部隊」の方々が手入れした「桜」(山々を含めた)や植え育てた「菜の花」が、大熊の春を奏でています。町の小中学卒業生の記念植樹もあります。この美しさには、原発事故の「伝承」や大熊を愛する「古里」故郷へ想いと行動、歴史、文化があります。

2021年4月3日 「坂下ダム」周辺-1
2021年4月3日 「坂下ダム」周辺-2
2021年4月3日 「坂下ダム」周辺-3
2021年12月12日 大野駅西口商店街
2021年12月12日 大野駅西口商店街
2021年12月12日 大野駅西口商店街
2023年3月26日 大川原地区復興拠点 
町立学校「学び舎ゆめの森」(幼保小中一体型施設)建設中(右側) 
昭和40年(1960年)台の大熊町の産業は農業・養蚕・畜産・林産でした。大正10年(1921年)頃から大河原・小入野・野上地区の原野に果樹栽培が始まり「福島第一原子力発電所事故」前まではナシやキウイの栽培が盛んでした。営農再建に向けて、帰宅困難区域の試験田(大河原地区)は2020年から、実証栽培は2018年から(大河原地区)が始まりました。実証田では酒米「五百万石」作りが行われたようです。
2023年4月1日 「坂下ダム」
2023年4月16日 「ため池」大熊町熊新町 
2022年6月30日に特定復興再生拠点が解除された。
住民説明会が同月4日、5日に県内4か所で行われましたが。放射線・廃炉・除染・解体・生活インフラの問題など、不透明な事が多い。